吉田さんと2つの仕事   

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「あちらって言われたけど、よく分からないんだけど」

吉田は、一瞬、鬱陶しそうな表情を浮かべた自分を感じながら言った。

「上からウオーキングというパネルが下がっている場所です。
こちらを真っ直ぐ行った右手です」

そう言いながらも、手を休めることはなかった。

客は、吉田の言葉を聞いたあと、何も言わずに吉田が言った方向へ歩いて行った。

『真っ直ぐ行ったらわかるよ。
今は、それどころじゃないんだ…』


吉田は、黙々と品出しをしていた。

その間に入れ代わり立ち代わり、お客様が来店した。
他の販売員の「いらっしゃいませ」という声に合わせて、
吉田も「いらっしゃいませ」と言った。
だが、吉田の本当の気持ちは、客に声を掛けられたくなかった。

そのため、声を掛けられないように、「いらっしゃいませ」の声を小さくした。
また、客のほうに視線も向けず、いかにも忙しそうに品出しを行った。


『あ〜、時間が足りないなぁ。
主任から午前中にって言われたのに…』

ブツブツ言いながら品出しをしていた。

その時、先ほどの客が視線に入ってきた。
その客は、吉田をチラッと見たが、何も言わずに店を出て行った。
吉田は、その客が買物袋を持っていないことに気付いた。


そこに、高見が来て声を掛けた。

「午前中に出来そうかい?」

「あ、はい。頑張ります」

吉田は、高見と話すのも億劫だった。

『間に合いそうか、間に合わなさそうか、見ればわかるだろう』

そんな気持ちさえしていた。

高見は、吉田の一生懸命さは十分理解している。
だが、気になることがあって傍に来たのだ。
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