現場の真実<2>苦情メール   

(3)     (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)
       (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20)
       (21) (22) (23) (24) (25) (26) (27) (28) (29) (30)
       (31) (32) (33) (34) (35) (36) (37) (38)



沙希は、店長室のドアを静かにノックした。

「はい」

という杉山の声がした。

「失礼致します」

と言って沙希は、恐る恐る中に入った。
そして、杉山が座っているデスクに近づいて行った。

杉山は、沙希に声を掛けた。

「掃除は、終わりましたか」

「あ、はい」

と沙希は元気のない声で言った。

「来てもらったのはね、苦情のメールについてです」

沙希は、しばらく黙っていたが、少し強い口調で言った。

「わたしじゃないです」

「佐藤さん、その椅子に掛けてください」

沙希は、杉山から言われた椅子に、落ちない程度に軽く腰を掛けた。

「さっきは悪かった。
つい犯人探しのようなことを言ってしまった。
店長になって初めてお客様からこのようなメールをもらったので、気が動転していた。
嫌な思いをさせてしまったね」

沙希は、店長のこの言葉を聞いて全身から力が抜け落ちていくのを感じた。
杉山は言葉を続けた。

「佐藤さん、入社して半年経つけど仕事はだいぶ慣れましたか」

沙希は、

「はい」

と応えた。

まだまだ分からないことはあるもののルーティンワークに関しては、
ほぼ問題なくできるようにはなってきた。

「大変な面とかありませんか?」

杉山は30歳。
沙希が入社する少し前にこの店に店長としてやってきた。

イタリアンレストラン「ブレイク」は現在20店舗。
毎年1店舗か2店舗、直営店を出店をしてきている。

杉山は、この店に配属される前は副店長をしていた。
副店長の時は、店長の言うことを聞いておけばよかった。

杉山が副店長になった時はそうではなかった。
自分の意見を店長にぶつけていくタイプだった。
だが、「こう思うんですが」と言えば店長の第一声は、「だがな」だった。
最初は、それでもぶつかっていった。
しかし、成果の上がらない自分の発言にだんだん疲れてきた。

イエスマンでいることが、仕事をやりやすくする。

やりがいの無さを感じながらも、悶々とした日々を過ごしていた。
そんな時、店長への昇格の話が出てきた。
杉山は、すぐその話に飛びついた。

『店長になれば、自分のやりたいことができる』

だが、実際に店長になると、自分が思っていたこととは違っていた。
一番痛感しているのは、自分の思う通りに部下が動いてくれないということだった。

提案をしても従業員の心に響かない。
その提案内容には自信はあるが、実際には浸透していかない。
杉山は、この店にやってきて自分の力の無さを痛感し始めていた。

沙希は、店長の言葉を受けて言った。

「皆さん優しいです。
わからない点は教わりながらやっています」

杉山はホッとした。

「そうか。
仕事についてはどうだい?」

「最初は、オーダーを聞くのも間違いそうでたいへんでしたが、今は、だいぶ慣れてきました」

「佐藤さんファンのお客様もいるんじゃないかな。
元気で明るいから」

沙希は、杉山が何を言おうとしているのか分からず、戸惑っていた。
言葉は優しいが、目が笑っていない。

*** *** *** *** ***
 前に戻る≪≪(3)≫≫続きを読む
  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)
  (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20)
  (21) (22) (23) (24) (25) (26) (27) (28) (29) (30)
  (31) (32) (33) (34) (35) (36) (37) (38)