現場の真実<2>苦情メール   

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「なんだか、いつものちょっとおちゃらけ佐藤とは違うな。
まあ、社会人になったので、いろいろと考えているということか」

「そうよ。
最近の私は、ちょっと違うのよ、なんてね。
で、教えてよ」

「そういう部分は、変わってないな。
教えてくださいじゃないの」

健志も、おどけた表情で応えた。

「話すの、もったいないな。
授業料、高いよ」

「もう、たけちゃんこそ、かわってないじゃない。
もうわかったわよ。
今日は、私のおごりってことでどう?」
 
「サンキュー。
では、お腹も空いたことだし、サンドウィッチ頼んでいい」

「も〜、いいわよ。
もったいぶらずに早く話してよ」

「では、お話をしましょうか」

健志は、沙希の様子を伺いながら、ひょうきんな表情を向けた。

「おちゃらけって私に言うけど、たけちゃんだってそうじゃない。
店で、たけちゃんって成長したな、なんてちょっと感動したけど、全然変わっていない。
さっきの感動は、何だったのか?」

「人間な、そう変わるものじゃない。
そんなにすぐ変わったら、すごいじゃん。
そうなるとおまえ、おれと話もできなくなっちゃうじゃないか」

「はい、はい。
では、教えていただきたいのですが」

「よかろう」

沙希は、いつもの健志とかわらない様子を見て、
何だかうれしいような、少しがっくりしたような複雑な感情を持ちながら、
健志の言葉に耳を傾けた。


「さっきも言ったけど、最初は、腹が立つことだらけだったんだ。
それこそ、いつ辞めよう、いつ辞めようとばかり考えていた。
最初から、1年は我慢して働こうと思っていたので、
それこそ、カウントダウン状態だったよ。
あと何ヶ月なんて。

それがある時、こんなことがあったんだ。
お客さんが、あ、お客様が。
店長からいつも言われているんだ。
お客さんじゃなくて、お客様だろうって。
別にどちらでも良いとは思っているんだけど、
あまりに言われると、最近は「お客様」という自分がいるのにびっくり。
何となく心が正される感じがするのが不思議だけどね。
まあ、いいや。今日は、この話じゃなかった」


『この脱線ぶりも、やはりたけちゃんだ。
やっぱり変わっていない』


「ある日、こんなことがあったんだ。
こちらが普通に対応したのに、お客様が、丁寧にお礼を言ってくださったんだ。
テレビを買ってもらったんだけど、
どれを選んだら良いかわからないって言われたので、
自分だったら、これを買いたいと思っている、
ただ、まだ新入社員でお金を貯めていなくて、
なんて会話しただけなんだけど。
そうしたら、丁寧にいろいろと教えてもらって、ということになったんだ。

そのお客様、両親ぐらいの年齢なので、50代ぐらいのご夫婦だと思うんだけど。
2人とも、とっても良い笑顔で
「ありがとう」という言葉を何度も言われたんだ。
この時、君と同じ年齢ぐらいの子供がいて、
子供に説明してもらっているような気持ちになった。
これからも、頑張ってね、何てことも言われて。
この時、初めてお客様と会話したような気持ちになった。

それまでは、
「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ」
と声掛けはしていたけど、特に何か聞かれたこともなかったし。
聞かれても、ただ
「その商品は、こちらにあります」
程度の会話しかなくって。
この時感じたのは、お客様にも気持ちがあるってこと。
何だかバカバカしいことを言っているようだけど、
この時まで、そんなこともわかっていなかったんだ、おれは。
ここから、わたくしの仕事への改革が始まっていくんだな」

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