現場の真実<1>共に育つ   

(6)        (1) (2) (3) (4) (5) (6)



「そうか」

由紀は、考え事をしているような声で言った。

「で、これがどうかしたの?」

と郁が言った。


「ううん、ありがとう。いつも郁は、良い助言してくれるので、うれしい!」

「え、これで助言しているの?」


郁は、由紀の聞きたかった内容は何なのか、今一つ把握できなかった。

だが、由紀の「ありがとう」という明るい声が耳から伝わってきたので、
これで良かったのかと、わけもなく納得した。


電話を切った後、由紀は郁の話の内容をもう一度、反芻した。

郁は、別に嫌な感じはしないと言った。
それは、食べたらすぐ帰るからということだった。
食事だけをするのではなく食後にドリンクを飲む場合は、
さっさとテーブルを片付けてほしい、という先輩の声も紹介してくれていた。


『お客様の要望は、それぞれ違うんだ。
啓子さんは、すぐ片付けられるのは嫌だと言ったけど、
郁は、それほどではないみたい。
ということは、食後、すぐ帰るお客様にとっては、問題がないということなのか……。

でも、ドリンクも飲まず、そのまま滞在しようとするお客様の中には、
自分が感じたように、テーブル上にお水のグラスしかなくなってしまうと、
早く帰ってと言われている気持ちになるかもしれない』

由紀は、しばらく啓子、鈴木、郁の言った内容を反芻した。


「そうだ、お客様は、みんな違うんだ!」

由紀は、思わず声を上げた。

今まで気づいていなかったことを発見したような気持ちになった。


箸を置いた途端、すぐ器を下げられてしまうのは、
気分が良いものではないかもしれない。

だが、料理の後に飲み物の注文を聞いている時は、下げても帰れという印象にはならない。
ということは、食後の飲み物を聞いている席ではサッサと下げて良いということになるのか。

ドリンクを聞いている席はいいが、そうではない席は微妙か。


『けっこう器を下げるタイミングって難しいな』

と由紀は、いろいろなケースを想像しながら考えた。


鈴木の考え方はどうなのか。

『そう言えば先日、一気に器を下げた時、洗い場が、皿で山のようになってしまった。
そのため、通路まで下げた器を置かなければならなかったなあ。
鈴木さんは、こんなことにならないように、
こまめに下げ物をしてほしいと言いたいんじゃないのかなあ。
ただ、それが極端な言い方になって、箸を置いたら下げなさいとか、
わたしのほうが、店に長く勤めているから、
という言葉になってしまっているのかもしれない』


『言い方はさておき、鈴木さんなりに考えて言っているような気がしてきた』

由紀の表情は、輝き始めた。



*** *** *** *** ***
 前に戻る≪≪(6)≫≫続きを読む
  (1) (2) (3) (4) (5) (6)