現場の真実<1> 共に育つ   

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「はい、すぐ片付けないと洗い物が溜まるからと言われました。
また、ドリンクがある場合、
下げ物をしてすぐ持って行って、と言われました」


由紀は、啓子の言葉を聞きながら、自分よりも先輩である鈴木は、
いろいろと考えながら仕事をしているということにも気づかされた。

今まで、由紀が何かをしようとした時、制してきた鈴木だが、
制する理由があったのではないか。
由紀は、なぜ制するのかの理由を聞かなかった。
聞く勇気がなかったというほうが正解だろう。
だが啓子は、理由を聞いていた。
自分にはない勇気を持っている。


『何といえばいいのか』

由紀は、自分に対して、苛立ちを感じ始めた。
由紀の表情から、笑顔が無くなった。

由紀は最初、

「気にしないで」

とか、

「鈴木さん、やりにくいね。私もなの」

と、啓子に言おうとしていた。

だが、言ってはいけない言葉のようにも感じていた。
気にしている人に「気にしないで」はない。

『鈴木さん、やりにくいねは、鈴木さんを悪者にしてしまう。
鈴木さんは、自分よりも、もっともっとお客様のことを考えているのかもしれない。
少なくとも、自分が今まで全く考えてもいなかったことを、鈴木さんは考えている』
 

由紀は、このまま黙っていることに苦痛を感じた。
何か言わなければならない。

「啓子さん、人それぞれ考え方が違うので、あまり気にしないでね」

と、思わず言葉が出た。

「はい……」

啓子は、何か解決策を提示してくれることを期待していたのか、
しばらく黙ったまま、由紀の傍にいたが、
「仕事に戻ります」と言って、傍を離れて行った。


由紀は、自分のふがいなさを感じた。
啓子よりも自分のほうが、いろいろと考えていると思ったが、新入社員に負けている。

『いかにも私はいろいろと知っているのよと言わんばかりに、
人それぞれだから、なんて言っちゃったけど、
啓子さんは、応えられない自分に対して、何か思ったのではないか』

そんなことを考えながら、由紀は、鈴木の器の下げ方に視線を向けた。

仕事が終わり自宅に帰った由紀は、啓子の言葉を思い出していた。


鈴木は、すぐ片付けないと洗い物が溜まると言っていた。
また、食べ終わった器を片づけて、
食後のドリンクやデザートをできるだけ早く提供しなさいと言っていた。

確かに、食事が終わったお客様から、催促を受けることがある。

また啓子が言っていたように、すぐ下げ物をすると、
お客様は帰って行けというように思うのだろうか。

そういえば、他店に言った時、食べ終わった器をすぐ片づけられたことがある。
この時は、席に居続けることに対していたたまれない気持ちになり、飲み物を注文した。

由紀は、どちらが正解なのかわからなくなった。
どちらも一理ある気がする。



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