現場の真実<1>共に育つ   

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「わからなくなった?」

と由紀は啓子の言葉を繰り返した。

啓子は、しばらく黙っていたが口を開いた。

「鈴木さんに、お客様が料理を召し上がった後の器を、すぐ下げなさいと言われるんです。
ですが、わたしはすぐ下げてはいけないと思うんです。
鈴木さんの言うことを聞かなければいけないとは思うのですが、
どうしてもすぐ下げることに抵抗を感じるんです」


由紀は、啓子の言葉を聞きながら、いたたまれない気持ちになっていた。

『新入社員の啓子さん、そんなことまで考えているんだ。
わたしは今まで、下げるタイミングなど考えてもいなかった』

由紀は、次の言葉を失っていた。

啓子は、由紀の言葉を待たずして話を続けた。

「お客様が召し上がって箸をテーブルに置かれたら、
食べ終わった器をすぐ下げなさいと鈴木さんは言われるんです。
ですが、すぐ下げると、早く帰ってください、
とお客様に言っている意味合いになってしまうのではないかと思うんです。
箸を置かれたらすぐではなくて、少し待って下げたほうがいいのではないでしょうか」


今までうつむきながらしゃべっていた啓子が、由紀の顔を見た。

由紀は、啓子が助言できない自分に対して、
頼りなさを感じているのではないか、そんな思いも頭の中を巡り始めた。
啓子の言葉を聞きながら、由紀はますます落ち込んでいった。

だが、先輩としての意見を求められている以上、黙っているわけにもいかない。
由紀は質問を投げかけることにした。

「鈴木さんは、早く下げてほしいという理由を言われたの」



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