吉田さんと2つの仕事   

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店の開店時間が来た。
だが、先ほど入荷した大量の商品を陳列または保管場所に移動しなくてはならない。


高見は、吉田に声をかけた。

「今日は、急ピッチで品出ししないといけないな。
ここにある商品は、吉田さんが担当してください。
午前中には終わらせてください」

「はい、かしこまりました」


吉田は、今年入社の新人社員だ。
高見は、売場の主任。
吉田は、高見から仕事のやり方を教わっている。


『午前中にということは、あと2時間か…。
よし、やるぞー!』

吉田は、山積みされている商品を見て、自分を奮い立たせた。


その時だ。
きょう初めてのお客様が来店された。50歳代か60歳代の女性か。
吉田にとっては初めて見る客だ。

高見の指導の中の1つに、お客様の顔を覚えようというのがある。
靴は、日々使用してはいるが、そう頻繁にご購入いただける商品ではない。
だが、季節により用途により、何種類かの靴を持っているお客様が多い。
自店の場合、靴の修理も行っている。
購入後、修理で来店されるお客様もいる。

常連の客は、一年に何回かは来店される。
そういう客には、新規客とは異なる会話が出来るというのだ。
そのため、まずは顔を覚えるようにということだった。

吉田は、お客様の顔はなかなか覚えられないものの、
高見の教えを守るため来店されたお客様が、知っている客か知らない客かを
判別しようとする癖を身につけるようにしている。


「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ」
店内にいるスタッフが挨拶をした。


お客様は、商品をしばらく見たあと、品出ししている吉田の傍にやってきた。

「すみません。 靴を履くと、すぐ足が痛くなってしまうの。
長く歩くのに良い靴ってありますか」

吉田は、作業をしながらお客様の方をチラリと見て言った。

「あっ、はい。
あちらにウオーキング用の靴が並んでいますので」

その後すぐ、吉田は、客から視線を外し作業を続けた。

「あちら? あ、ありがとう」

お客様は、数秒吉田の傍に立っていた。
何か言いたそうな雰囲気が伝わってきた。
だが、吉田は無視した。


『午前中に陳列を済まさなくちゃならない。
とにかく今は、お客様の対応をしている時間がない…。
他にもスタッフがいるので、誰かが対応をしてくれるだろう。
対応しないにしても、お客様はゆっくりと商品を探すことが出来る』

そんな言い訳がフッと浮かんできた。

それよりも品出しが遅れたら、高見に叱られる。


しばらくして、

「ちょっと!」

と吉田に声を掛ける客がいた。
吉田は、先ほどと同じように、品出しの手を休めることなく、客の方をチラリと見た。

そこには、少しムッとした表情の、先ほどの客が立っていた。
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