あいさつ   〜コミュニケーションの壺〜  

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挨拶をしてもらって、嫌だという人はあまりいないのではないでしょうか。
もちろん、挨拶をしてほしくないシチュエーションはあるものの、
多くの場合、挨拶をしあうことで互いの心が開いていきます。


安延山 承福禅寺 のホームページに
「一挨一拶(いちあいいちさつ)」に関する文章が掲載されていますので、
一部をご紹介いたします。

▽以下抜粋 ……………

挨拶は、人と人の間に積極的に切り込んでいく「行動」のひとつであり禅問答の中から生まれた言葉である。
だからこの「挨拶」の語を禅語だと言われてきているが、
正しくは「禅の用語」であり禅旨を表す「禅語」とは言えないかもしれない。
禅問答において、一方が相手の力量を測るための積極的な攻め込み、突き進む「挨」があり、すかさず切り返すし、切り込む「拶」あって相手の境地、力量を見定めあう丁々発止のやり取りの様子をあわしたことばである。
一挨一拶とはまさにこのことである。
一方が言葉を投げかけて、その反応から相手の禅僧としての値踏みするわけで、決して油断はできない。
そんな状況の中で相手に気を向け、また向けさせて心を測り心を通わせる手段として今日一般的に交わす挨拶となったといわれる。

  ≫≫ 「一挨一拶(いちあいいちさつ)」 詳しくは コチラ

…………… ここまで

この文章を読んだとき、なるほどと思いました。

相手の言動で相手を値踏みする。
私たちも、相手の挨拶の仕方で、相手を値踏みしています。
弱々しい声、視線が合わない、対面していない、表情がきついなど、
言葉の力、表情、目の動き、行動など、たった一言の挨拶でも相手を評価しています。
また挨拶をして返ってこない時も同様です。

このように、たった一言の挨拶であっても、コミュニケーションの第一歩と言えるでしょう。
また良いも悪いも含めて互いの心を動かすということは人間関係の始まりといっても良いでしょう。


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