<


経営者・教育担当者編   

やらされている100発よりやる気の1発

雑誌「致知」の記事より。
「致知随想」で、中村豪さんがイチロー選手のことについて書かれています。

▽引用 始………
愛知工業大学名電高校、豊田大谷高校で野球部監督務めた三十一年間、部員たちに口酸っぱく言ってきた言葉がある。
「やらされている100発よりやる気の1発」

いくら指導者が熱を入れても、選手側が「やらされている」という意識でダラダラ練習をしていたのでは何の進歩もない。
やる気の一発は、やらされてすることの百発にも勝る。
そのことを誰に言わずとも実践し、自らの道を開拓していったのが高校時代のイチローだった。

 〜中略〜

非凡な野球センスを持っていたイチローだが、練習は皆と同じメニューをこなしていた。
別段、他の選手に比べて熱心に打ち込んでいる様子もなく、これが天性のセンスというものか、と私は考えていた。
そんなある日、グランドの片隅に幽霊が出るとの噂が流れた。
深夜になり、私が恐る恐る足を運んでみると、暗がりの中で黙々と素振りに励むイチローの姿があった。
結局、人にやらされてすることを好まず、自らが求めて行動する、という意識が抜群に強かったのだろう。

その姿勢は日常生活の中でも貫かれており、彼は人の話はよく聴くものの、それを取り入れるべきか、
弾いてしまうべきかについての判断を非常に厳しく行っていた。
友達同士で話していても、自分の関心のないことに話題が及ぶと、ふいとどこかへ消えてしまう。
そんな、わがままとも、一本筋が通っているともいえる「選択の鋭さ」が彼には備わっていたのだ。

 〜中略〜
プロ入り後の活躍は皆さんもご承知のとおりだが、入団一年目には彼は首脳陣からバッティングフォームを変えるようにと指示を受けたらしい。
「フォームを変えるか、そのまま二軍へ落ちるか」
と厳しい選択を迫られた彼は、フォームの修正を拒否し、自ら二軍落ちの道を選ぶ。
そしてその苦境の中からあの振り子打法を完成させるのである。
その後も評論家からは「あんなフォームで打てる訳がない」などと酷評されたが、結局彼は自分の信念を押し通し、球界に数字の金字塔を打ち立てた。
その根っこには、人並み外れた彼の頑固さと、野球に対する一徹な姿勢があるのだと思う。
……………

まず「やらされている百発よりやる気の一発」は、指導において考えさせられる内容です。

「こうしましょう」とマニュアル指導をすると、既にやらされているという気持ちになる人がいます。
いつも思うのですが、言われてやるのではなく、自分が今、何を行ったら良いかを感じ取っている人が、どんどん伸びていっています。
基本は大切ですが、こう行動すべき・こう言うべきという指導は、弊害をもたらしてしまう度合いのほうが、多いような気すらしています。

素振りをやらされて100回行うより、こうすると打てるのではないかと考えて振る1回では、そこに「考える」という点が大きく違ってきます。
「考える」ことで「やる気」につながる。
言われたことをやるのは「考える」という点が欠落していってしまいます。

また、皆と一緒の時は、他の人と同じようにしているが、どんどん伸びていく人がいます。
こういう人は、やはり見ていないところで何度も練習していたり、勉強していたりします。

逆に、皆と一緒の時に、いかにもやる気でやっています、というポーズをすることが癖になっている人もいます。
本人も気づかないうちに、自分ではやる気と思っていることがポーズとすりかわってしまっているのです。
そのため、なかなか伸びていかない。

イチロー選手の「取り入れるべきか、弾いてしまうべきかについての判断を非常に厳しく行っていた」という点は、とても考えさせられます。

また、この考え方からくるのでしょう、「人並み外れた彼の頑固さ」ですが、こういう部下がいると、上司としてはとてもやりにくいのではないかと想像します。
上司に、面と向かってはむかうのではなくても、自分の興味が無いことはしないのですから。
ですが、信念を持って仕事を推し進めている人は、上司としては、その結果を信じて任せていく必要があります。

やる気のない人を指導するのは大変だという方がいますが、逆に、自分よりも能力を持っている人を部下に持つのも大変です。
信じて任せて伸びる人、信じて任せてしまうと大変なことになってしまう人、そういうことを念頭において指導していくことの大切さを感じさせる記事でした。


Topページに戻る